英国版君たちはどう生きるか。『わたしを離さないで』の感想

感想

カズオ・イシグロの代表作。
臓器提供のために生まれてきたクローンたちの話。

書評家三宅香帆さんの年間500冊読む文芸オタク・書評家が全部で1万円以内で選ぶ、20代のうちに読んでいて心底よかった本10冊で知ったのとほぼ同じタイミングで人に勧めて頂いたので読んでみました。

印象的だったのは「子どもを作れない体なのに性欲がある」という設定。

そもそも性欲は「こどもを作らせるため」に発達した機能なので、クローンたちにはいらないはずです。
生物の営みを「命のバトンをつなぐリレー」と表現することがありますが、彼らは明らかにリレーの外にいる存在です。取り除こうとしても出来なかったのか、人間的な要素を削ぎ落とし過ぎると生理的な嫌悪感が増してしまうからなのかは分かりませんが、生物としての矛盾を抱えていることに物悲しさを覚えました。

また、クローンたちは独特の死生観を持っていて、この本には「葬式」「墓」みたいな死者を弔う行為を指す言葉が出てきません。
人類は「忘れられる恐怖」への対抗策の一つとしてお墓を開発しました。自分が生きた証として墓石に名前を刻むことで、死んでもみんなの記憶に残りづつけることができます。
『ショーシャンクの空に』で刑務所を出たブルックスが「ブルックスここにありき(Brooks was here)」と柱に彫って首を吊ったのと同じ理屈ですね。

しかし、使命完了によって命を落とすことが当たり前の彼らは、自分たちが「代替可能で補充が効く存在」だということを心の何処かで理解しているのでしょうか、生きた証をこの世に残すという発想がありません。これは子どもを作れない体というのも関係している気がします。

脅されるとか強制されるわけでもなく、逃げたら爆発するチップを埋め込まれているわけでもなく、人の命を救いたいと願ってるわけでもないのに、「使命」を全うしてこの世から去っていくクローンたち。
一縷の望みをかけて向かったマダムのもとで理不尽な社会の真実を知らされたときも、「自由」や「開放」ではなく、臓器提供開始までの「猶予」を請うキャシーとトミー。
遺伝子を残すことが出来ない彼らなりに精一杯生きようとする、その姿に心打たれました。

「生きる意味とは。なんのために生き、誰のために生き、何を残すのか。」
この大きな問いに答えるにはまだ人生経験が足りませんが、その時が来るまで心に留めておこうと思います。

私が読んだ本や映画の感想を記録して、公開しているのも、ある意味では「生きた証拠」を残したいという欲求が根底にあるからのかもしれませんね。


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